横山芳介氏のこと

−御子息、横山芳男氏との書簡より−

第61代応援団 土屋 明

 3年ほど前、都ぞ弥生の作歌者、横山芳介氏の御子息、芳男氏とお会いする機会があり、その後お手紙を頂きました。父上である、芳介氏のことなど、いろいろ参考になることがありますのでここに掲載いたします。


平成11年5月5日

土屋 明様

横山 芳男

−前半略−
 都ぞ弥生が生まれてから88年、時代はすっかり変りましたが、今なお、同窓の皆様方から、心の故郷と歌い継がれていることを、父はどんな思いで見るでしょうか。私は12才で父と死別して、直接寮歌の話を聞いた記憶はありません。
 寮歌集「都ぞ弥生」の加藤俊次郎氏の文中に父が話した言葉として「…歌のあとから譜をつけたのでなくて、歌に沿うて譜が出来、また譜に沿うて歌が出来、いわば二つのものの中に同じ気持ちが流れているということが、この歌がうたいよく、みんなに喜ばれる理由じゃないかと思う。」とあります。赤木さんと二人で苦労して作り上げた思い出話を聞くことが出来なかったことが残念です。
 昭和32年9月に北大構内の「都ぞ弥生」歌碑除幕式の際に、渡辺侃先生(当時経済学部長)が、同期生の中では、横山君は一番農学徒らしい仕事をして死んだという話しをされました。私は、父の仕事について、詳しく知ることができないままでいましたが、平成3年に静岡県教育委員会から、「静岡県史研究第7号」が発行され、その中の沼田誠氏論文「地方小作官と小作調停−横山芳介の場合−」で、父の仕事の大要を知ることができ、また、父の思想の一端に触れることが出来たような気になりました。
 例えば、[横山は「小作農業の改善ということは、小作農業者が凡ての他の階級の人々と同様に、この社会に於て幸福な人間生活をなすことを目的として考へなければならぬ」という。ここでいう「幸福な生活」とは、「健康な身体、愉快な精神、豊富な知識、その何れをも充分に満足して享受し得られる」生活を意味する。しかも、それは「他の何れの職業階級の人々とも懸隔なしに」実現されなければならないものであった。]とか、[「昔ながらの美風とか、固有な習俗といふやうなことを八釜しく申したひとがあります。けれどもよく御覧なさい世の中に進歩派と保守派と二つあれば最後はきっと保守派は敗れ、亡びるではありませんか。世の中は、変わるのが当然です。変わらぬものはない。之は真実であります。菜葉も、果実も、農業の凡ても、人間の心も、国の政治も。かうして新年を迎へた私共お互いに何が変わるかを愉快な心持で見届けて参りましせう」]などの記述があります。
 土屋さんは、県庁勤めだから、県教育委員会の静岡県史研究第7号(平成3年3月発行)を閲覧することは容易と思います。是非、沼田論文をお読み頂き、横山芳介の仕事についてもご理解頂きたくお願いいたします。


横山芳男様

土屋 明

−前半略−
 都ぞ弥生を歌っているときは、北海道の自然や在学中の折々のことを思い浮かべています。しかし、書籍「都ぞ弥生」の先輩達のお話を知ったことにより、これからは作詞者・作曲者をはじめ、この寮歌を産み、育てた往時の人達の想いを回想しながら歌うことになろうかと思います。個人的に一つ豊かになった気がしています。.

 ところで、「静岡県史研究第7号」ですが、県庁内の議会図書室には第7号が備えられていなかったため、県立図書館でようやくコピーを手に入れました。私は、作詞者の横山氏が静岡県庁の技師であったということを5月1日まで知りませんでした。横山さんからのお手紙と沼田誠さんの論文によって、横山芳介氏のことについて多くのことを知りました。

(1)地主と小作者という異なった階級の人々であろうが、すべての人々に「幸福な生活」が実現されなければならない。
(2)それが実現されていないから改善が必要である。
(3)実現されていない理由は地主と小作との間の分配が不公正だからであり、解決のためには@利益配分A貸付地面積それぞれの適正化を図る必要がある。
(4)これを実効あらしめるためには、地主と小作者の両者が対等の立場に立った契約が必要である。
(5)対等契約を裏付けるものは法律である。
(6)法律は勝敗を決するためのものではない。
(7)法律は両者の行き違いに対し、お互いに納得、安心し得る約束を結ぶためのルールである。
(8)この約束の履行によって、両者の一層緊密な関係が作られるのである。
(9)納得するための基準すなわち「適正」の概念は社会的、歴史的に変化するものである。
(10)適正な約束が結ばれるためにはルール以前の問題として相互の人格の敬愛が必要である。
(11)対等な立場に立った約束によって土地の「使用」は継続されるとしても、一方において、土地の「所有」(自作農の創設)も模索せざるを得ない。
(12)以上の考えに基づいて任務を遂行していたが、志半ばにして病に倒れた。

 沼田さんの論文に対する私の読み方が適正でないかもしれませんが、利害関係者が納得安心できる約束が結べるようにすることは、現在の県の仕事の目指すべきところであり、お互いが納得することによって以前に増して両者の緊密な関係が図られるという考え方は、企業が一方的に顧客に物を売り付けるのではなく、顧客の満足(納得)のいくものを提供することによってその企業に対する固定的なファン(顧客)を増大させ両者の結び付きを緊密にするという、まさに現代の「マーケティング理論」ではないかと感激して読みました。

 県庁の職員の中には、、県民の納得のいく行政の在り方をグループで研究している人達がかなりいます。しかし、林業や農業などの技術部門では、会計検査院から指摘を受けないように事業を執行することに汲々としているのが現状です。どの立場の人のために、何を実現しようとしてこの施策を進めているのかを見失うことの無いよう行政に携わっていきたいと思います。